なぜ虐待は繰り返されたのか 大阪・西淀川児童傷害致死事件

2011/11/07 18:14 に Naofumi Nakato が投稿
2011.10.22 産経web

 全国各地で幼児虐待事件が相次ぎ、幼い命が無残に奪われるなか、悲劇がまた繰り返された。大阪市西淀川区の小学2年、藤永翼君(7)が継父の無職、森田勝智(まさとも)(44)、母親の良子(29)両被告=ともに、傷害致死罪で起訴=に暴行され死亡した事件。生後まもなくして児童養護施設に預けられていた翼君は両親に引き取られ、わずか約5カ月後に死に追いやられた。なぜ、虐待は止められなかったのか。浮かび上がってきたのは翼君が暴行を受けている事実を把握しながら効果的な対策をとれなかった行政の限界だった。

日常的な虐待

 頭頂部を強く打ち、意識不明となった翼君が病院に搬送されたのは8月25日午後7時ごろ。端緒となったのは「プロレスごっこをしてふざけていたら子供の様子がおかしくなり、意識がなくなった」という良子被告からの119番通報だった。

 翼君は意識を取り戻すことはないまま、約9時間後の翌26日未明に死亡。虐待の可能性を強く疑った大阪府警は同日、勝智、良子両被告を傷害致死容疑で逮捕した。勝智被告は「自分が(翼君を)ほうり投げ、妻が突き飛ばした」と供述。しかし、良子被告はかたくなに虐待を否認。近所の住民によると、25日午後、森田家から「ドーン」という大きな音がし、その直後から森田被告が「おい、おい」と呼びかける声や良子被告の「翼、目を開けてよ。パパを困らせるの?」という声が聞こえたという。

 府警が翼君の遺体を司法解剖したところ、死因は頭頂部の強い打撲による脳幹部出血や外傷性くも膜下出血だった。翼君の手足には約10カ所のたばこを押しつけたようなやけどの痕があったほか、皮膚には数カ所のあざがあったという。幼い体には、両親から日常的に繰り返されていたとみられる生々しい傷跡が癒えないまま、残っていた。また、翼君は身長約114センチ、体重18・4キロで、同年代の平均と比較すると約5~6キロも少なかったという。

手をこまねいた行政

 一連の虐待は、大阪市こども相談所センター(児相)が把握しているにもかかわらず、止められなかった。翼君が死亡する約2カ月余り前の6月14日。翼君が通う大和田小学校(同市西淀川区)の教師が、おでこのあざに気付き、同校の門田泰治校長に相談。このとき、翼君は「父にたたかれた」と虐待をほのめかしたため、門田校長は翌15日に同センターへ連絡した。

 知らせを受け、同センターの児童福祉司が1週間後の21日に家庭訪問し、両親と面会したが、このとき、勝智被告は「何度言っても分からないと手を出すこともある」と話しており、良子被告も「宿題ができないと怒ってしまう」と打ち明けていたという。翌月には、良子被告から同センターに「(翼君が)ちゃんとごめんなさいを言えないことにイライラする。私の体調も悪いので、もういっぱい、いっぱい」などと、相談の電話さえ寄せられていた。

 しかし、市側は的確に家庭内の情報をつかんでいながら、有効な手立てを取らず、最悪の結果をまねいてしまった。児童虐待問題に詳しい津崎哲郎・花園大特認教授(児童福祉論)は市側の対応を「幼児期に施設に預け、養育経験がないまま引き取るというのはかなり虐待が発生するリスクが高い状況だ。そうした個別の事情を踏まえ、見守り態勢を強化すべきではなかったか」と指摘する。

 大阪市では、平成21年、当時9歳だった松本聖香ちゃんが実母やその内縁の夫から虐待を受け、衰弱死した事件のほか、翌22年にも、同市西区で元風俗店従業員の女が3歳の長女と1歳の長男を猛暑のマンション1室に放置し、死亡させる事件など、虐待事件が相次いでいた。それにもかかわらず、対策をとれなかったことに同市幹部らも「信じられない思いと同時に残念でならない」と苦渋の表情を浮かべる。

絶望を抱えて…

 また、近所の住民らも森田家から、物を投げつけたり、子供をたたくような音や、翼君が「パパ、ママ、おトイレに行きたいです。ごめんなさい」と哀願する声が聞こえていたにもかかわらず、同センターや警察への通報は一件もなかったという。

 周囲が家庭への干渉をためらうなか、両親の虐待は歯止めがきかなくなっていったとみられる。学校が夏休みに入ると、世間の目もますます、届かなくなるようになっていった。翼君が両親に投げ飛ばされたり、体を揺さぶられるなど暴力を振るわれ、死亡したのは夏休みに入って約1カ月後のことだった。

 門田校長は「翼君を救うためには保護することが必要だったのではないか、学校としても児相に対し、保護すべきと強く伝えるべきではなかったかなどと自問自答する日々だ」と悔やむ。また、「当時としては、子供を殺すまで、親が手を上げるという考えにどうしても至らなかった。翼君の気持ちに寄り添いきれなかった」と自分を責め続けている。

 愛されるべき両親から受けた数々の虐待。翼君はどれほどの絶望を抱えていたのだろうか。府警の調べに対し、勝智被告が虐待の事実を認める一方、実母の良子被告は「私は虐待などやっていないし、見てもいない」と否認を貫き、涙も流さなかったという。
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