毎日新聞 2011年10月31日 東京朝刊 児童養護施設などで育った人が社会生活に困らないように、施設関係者らが支援に乗り出している。進学をあきらめ10代で自立する人が多いが、幼少期の虐待による心の傷などで、仕事や家庭生活につまずいてしまう人もいる。家族のように相談にのったり、仕事を仲介するなどサポートの輪が広がっている。【榊真理子、山崎友記子】 東京都内の女性(32)は両親の行方が分からず、3歳まで乳児院で、その後は祖母に育てられた。病気の祖母を看病するため高校1年で中退し、職を転々とした。 祖母も亡くなり、「頼れる人がほしい」と23歳で結婚。しかし、夫は限られたお金しか女性に渡さず、貯金の額も教えない。金銭的に自由を束縛する「経済的DV(ドメスティックバイオレンス)」だった。困り果て、小学生の時以来会っていなかった唯一の親類を訪ねたが、既に家がなかった。「親がいればすぐに逃げられるのにと思った」 今夏、知人の紹介で、アフターケア相談所「ゆずりは」(東京都小金井市)を知った。離婚に向けた手続きをアドバイスされ、別居にこぎつけた。職員が同行して生活保護も申請。現在はハローワークを通じ、パソコンや簿記などの職業訓練を受けている。「離婚したくても行く場所がなく、どうしようと思っていた。やっと人生のスタートが切れた」と女性は話す。 「ゆずりは」は、社会福祉法人「子供の家」が今年4月に設立し、どこの施設で育った人でも相談を受け付けている。弁護士らの協力を得て、自己破産手続きなどもアドバイスする。就労が不安定、アパート契約のトラブル、性的な被害に遭った--など、約半年間で42人が相談に訪れた。 代表を務める高橋亜美さん(38)は「元気に退所した子どもたちが、頼れる人がいない社会で疲れ果てていた。人間関係のセーフティーネットがなく、少しでもつまずくと生活ができなくなってしまう」と話す。 一般の社会人と同じような悩みでも、成育歴などが影響し解決が難しい場合がある。職場でしかられ虐待の記憶がよみがえり働けなくなったり、小遣いなど自由にお金を使ったことがなく、クレジットカードで多額の借金を負ってしまう人も。家族で暮らした経験が乏しく、家庭を持った際に夫婦や育児などの問題に対処しにくいケースもある。 東京都は昨年度、施設退所後1~10年の673人にアンケート調査した。正規雇用は男性57%、女性34%。退所直後に困ったことでは「孤独感・孤立感」が30%と最多だった。対象者は3920人だったが、施設などが連絡先を把握していたのは1778人。回答が寄せられたのはそのうち38%だ。都育成支援課は「答えられない人の方がより困っていて、連絡が取れないこと自体が問題という職員の声も多い」と話す。 □ 株式会社「フェアスタート」(横浜市)は、児童養護施設などで育った若者の就職を支援している。社長の永岡鉄平さん(30)は、人材派遣会社などで働いた後、教育関連の活動で、施設からの自立の困難さを知った。「彼らは18歳で自立を迫られ、職業も選べず住み込みの仕事を探すことも多い。一方、中小企業はやる気のある若手を探している。そこをマッチングしたかった」と話す。 都内の児童養護施設で育った女性(20)は高校卒業後、天ぷら店に就職した。「大学に行きたかったけど学費がない。とにかく働こうと求人を見て電話した」。正社員となり接客に励んだが、毎日12時間近く週6日働き、「一体何がしたいんだろうと涙が出た」。 今夏、暮らしている自立援助ホームに、フェアスタートを通じて求人があった。携帯電話などプラスチック部品への印刷を手がける「ダイヤ工芸」(川崎市)。「毛糸編みが好きで、製造業で働きたかった。ここだ!と思った」 自分の生い立ちを理解してくれているため、安心感があるという。「他の会社だったら、採用試験の面接で経歴をどう話すか考えてしまう」。10月から働き始め、カーナビ部品の検査を担当。「黙々と働くことができて楽しい」と話す。 同社がフェアスタートの紹介で採用するのは3人目。専務の石塚博臣さん(42)は「一般の採用では、続かない若手が多かった。厳しい環境で生きてきた人たちの経験に期待したい」とし、「勉強したかったのにかなわなかった子は、専門学校などに通えるように応援もしたい」と語った。 東京都板橋区の児童養護施設「西台こども館」では、退所者の自立を応援しようと、施設を運営する社会福祉法人の理事長らが9月、「松柏児童福祉財団」を設立した。こども館の近くに宿舎を整備し、1人暮らしを始める人に経済的に自立できるまで、賃料無料で住まいを提供していく。 奨学金制度も設け、月8万円を上限に貸しつけ、学費や生活費に充ててもらう。同館の田宮実園長は「18歳を過ぎると国からの補助も対象外なので、財団の応援はありがたい。来年3月に館を出る予定の高校生が2人おり、支援策ができて大学進学に希望を持ったようだ」と話していた。 ◇昨年度から国施策拡充 児童養護施設は原則として、18歳未満(高校卒業まで)が対象。15~19歳の子どもが働きながら共同生活する「自立援助ホーム」は退所後の受け皿になっているが、就労が不安定な人も多い。 04年の児童福祉法改正で、児童養護施設の目的に「退所した者に対する相談その他の自立のための援助」が盛り込まれた。厚生労働省は10年度から、「退所児童等アフターケア事業」を本格実施。自治体がNPO法人などに支援事業を委託するもので同年度は東京、鳥取、石川の3都県と大阪府、大阪市、堺市の計6自治体が実施した。 このうち東京では、施設で育った当事者が主体となるNPO「日向ぼっこ」が文京区内にサロンを設け、週3回程度、一緒に食事しながら悩みなどを語り合っている。 【関連記事】 募金活動:養護施設の高3にスーツを ボーカルグループ 里親専門職員:全国700施設に 相談・一時預かり--厚労省概算要求 シンポジウム:児童養護施設を考える 弁護士会などが--来月7日、和歌山 /和歌山 アイススケート滑走会:「楽しかったよ!」 施設の子供ら招き--福岡・博多 /福岡 児童虐待防止:オレンジリボン・キャラバン隊、県庁で出発式 /岐阜 |
―子どもと沖縄にかかわる報道― >